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東京高等裁判所 平成2年(ネ)3264号 判決

埼玉県三郷市番匠免一丁目一六〇番地八

控訴人

株式会社アートピア(旧商号・株式会社飯島商工)

右代表者代表取締役

飯島道雄

右訴訟代理人弁護士

細川律夫

金臺和夫

中村明夫

東京都葛飾区南水元一丁目一一番七号

被控訴人

有限会社ミユキ工芸

右代表者代表取締役

村山徳三郎

右訴訟代理人弁護士

山寄正俊

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者が求める裁判

一  控訴人

「原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決

二  被控訴人

主文と同旨の判決

第二  当事者の主張

左記のとおり付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、第九丁表第六行及び第一〇行の「第三項」の後に「(平成二年法律第六六号による改正前)」を加える。)。

一  控訴人

1  原告製品の周知性について

原判決は、原告製品の形態及びその特徴、メダル業界における取引の状況、原告製品の販売量等を論拠として、原告製品の形態は少なくとも取引者間において被控訴人の製品たることを示す表示として広く認識されていた、と説示している。

しかしながら、原告製品の形態には同製品が被控訴人の商品たることを表示する機能が全く存しない。また、メダル業界の問屋は全国に九四九(昭和六三年)もあるから、被控訴人が原告製品を三〇ないし四〇の問屋に対し販売したとしても、全国はもとより一部地域においてすら、原告製品が被控訴人の商品として広く認識されていたとは考えられない。さらに、原審における証人田村和生の証言によれば、キーホルダーは年間五〇〇〇万個も販売されるのであるから、被控訴人が昭和五八年六月から九月頃までに原告製品を計一六万五〇〇〇個余りを販売したことによつて、原告製品が被控訴人の商品として広く認識されることはあり得ない。したがつて、原告製品の形態の周知性を肯認した原判決の認定判断は誤りである。

2  原告製品の形態と被告製品の形態の類似性について 原判決は、原告製品一、二の形態と被告製品一、二の形態の相違点は極めて微細であつて、全体的に観察すると両者は極めて類似し、原告製品あるいは破告製品の引においてたやすく誤認される、と説示している。

しかしながら、原告製品あるいは被告製品の需要者にとつては製品の表面の模様が最も重大な関心事であるが、原審において主張した原告製品一、二の形態と被告製品一、二の形態の相違点は、ほとんど製品の表面の模様に関するものであり、表面が右のように異なる印象を与える以上、両製品をもつて類似したものということはできない。

のみならず、原判決は、原告製品の形態は末端の需要者はともかく少なくとも取引者間において被控訴人の製品たることを示す表示として広く認識されていたと説示し、周知性認識の主体を取引者に限定している。しかしながら、キーホルダーのように常に斬新な製品の開発が求められる業界の取引者ならは、商品の形態及びその特徴に対し十分な注意を払うことは当然である。したがつて、原告製品一、二の表面の模様と被告製品一、二の表面の模様に前記のような相違点が存する以上、取引者が両者を誤認することは到底考えられないから、原告製品と被告製品とは取引においてたやすく誤認されるとした原判決の認定判断は誤りである。

3  被告製品の製造販売について

原判決は、控訴人には未だに被告製品を製造販売するおそれがある、と説示している。

しかしながら、原審において主張したとおり、控訴人は昭和六〇年中に被告製品の製造販売を中止している。そして、その後約六年も経過した今日、原告製品あるいは被告製品の商品価値は既に失われており、将来において被告製品の製造の注文があることはあり得ない。したがつて、控訴人が将来において被告製品を製造販売する蓋然性を肯認した原審決の認定判断は誤りである。

4  控訴人の過失について

原判決は、控訴人は少なくとも過失により不正競争防止法一条一項一号の規定に該当する行為をした、と説示している。

しかしながら、メダル業界では、顧客の指示どおりの製品を製造することは一般的に行われている慣行である。のみならず、控訴人は、被告製品を製造販売した際、被控訴人による原告製品の製造販売の事実を全く知らなかつたし、デザイナーに依頼して被告製品の形態に独創性を持たせるように努力した。したがつて、仮に被告製品の形態が原告製品の形態に類似するとしても、控訴人には、不正競争防止法一条一項一号所定の行為をすることについて、故意はもとより過失も存しなかつたというべきである。

5  被控訴人が被つた損害について

原判決は、控訴人の行為は他人の商品表示と類似のものを使用して商品の出所を誤認混同させる行為であるから、その行為による損害の額の認定には商標法三八条一項の規定を類推適用することが相当である、と説示している。

しかしながら、商標法の右規定は、民法の原則を修正した特別規定であるから、その類推適用を安易に行うことは許されない。そして、被控訴人は、昭和六一年六月二五日に原告製品(二)の形態について意匠権を取得したのであるから、控訴人に対する賠償請求は、その後に生じた損害に限つて許容されるべきである。

のみならず、仮に商標法三八条一項の規定の類推適用が許されるとしても、控訴人が得た利益は控訴人の信用及び営業努力に基因するところが大きい上、原告製品と被告製品が同一商圏で販売されたか否かも不明である。したがつて、控訴人が得た利益の額をもつて被控訴人が被つた損害の額と推定することには合理的根拠がない。

第三  証拠関係

証拠関係は、原審及び当審の訴訟記録中の、書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらをここに引用する。

理由

本件について更に審究した結果、当裁判所も、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は原判決の主文第一項ないし第三項掲記の限度で認容すべきものと判断する。その理由は、原判決の理由説示のとおりであるから、これをここに引用する。

この点について、控訴人は、原告製品の形態には同製品が被控訴人の商品たることを表示する機能が全く存しないこと、被控訴人が原告製品を三〇ないし四〇の問屋に対し計一六万五〇〇〇個余りを販売したことによつて原告製品が被控訴人の商品として広く認識されることはあり得ないことを主張する。

しかしながら、不正競争防止法第一条第一項第一号にいう「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」は、その商品が、他の出所とは区別された特定の出所からの商品であることを認識し得るような表示であれば十分であつて、右特定の出所の具体的名称まで認識できなければならないものではない。また、同号にいう「本法施行ノ地域内ニ於テ広ク認識セラルル」とは、商品表示について取引者又は需要者の間における信用が既に形成され、他人の商品との混同を防止することが法的に保護すべき状態になつている(換言すれば、第三者が当該商品表示を使用することが、取引秩序における信義衡平に反する状態になつている)ことを意味すると理解するのが相当である。そして、原判決第一二丁表末行ないし同丁裹第四行摘示の各書証、原審における証人田村和生、同長谷部正登の各証言、原審及び当審における被控訴人代表者尋問の結果を総合すれば、原判決理由三1及び2認定(第一二丁裹第八行ないし第一四丁表第八行)のメダル業界の取引状況の下において、同3認定(第一四丁表第九行ないし同丁表第六行)のとおり日本全国の主な観光地において原告製品が販売された結果、右地域における取引者の間においては、原告製品の形態について、他の出所とは区別された特定の出所からの商品の形態であることが明確に認識され、したがつて、当該形態を有する同種商品を第三者がいわれなく製造販売することは、取引秩序における信義衡平に甚だしく反する状態になつていたものと認めるに十分である。それゆえ、原告製品の形態について周知性が認められる地域的範囲においてなされた控訴人による被告製品の製造販売を不正競争防止法一条一項一号所定の行為に該当するとした原判決の認定判断に、誤りはない。

なお、控訴人は、原告製品の形態と被告製品の形態が類似しないこと、控訴人が将来において被告製品を製造販売する蓋然性がないこと、控訴人には不正競争防止法第一条第一項第一号所定の行為をすることについて過失が存しなかつたこと、控訴人の行為によつて被控訴人が被つた損害の額についても原判決の説示は不当であることを、るる主張する。しかしながら、これらの点に関する原判決の認定判断はいずれも正当であつて、これを変更する必要は全く認められない。

よつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)

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